個人平和=世界平和
私が小学校で第一次世界大戦や、第二次世界大戦の事を学んだ時、自分は
平和な時代に生まれて良かった…と単純に思っていました。
私の父は、彼が小さな頃第二次世界大戦に遭い、鹿児島の田舎の田んぼでアメリカ兵の
操縦するB29の戦闘機一機に追いかけられ、父と父の弟(叔父さん)目がけて機関銃を
打たれた話をしてくれました。
父は彼ら目がけてすれすれまで飛んできた戦闘機の操縦士のニコッと笑った顔まで
見えたらしいのです。
きっと相手が子供たちなので操縦士も本当に撃ち殺そうとは思わなかったのでしょう。
単に脅しで機関銃を撃ってみたのだと思いますが、子供の父や叔父にしては命がけで
田んぼのあぜ道を逃げ回ったそうです。
もしそこで父が殺されていれば、今の私は存在しなかったわけですから、神様に感謝です。
でもそんな父がアメリカで勉学をすることになったきっかけがありました。
1951年高校生だった父が鹿児島の海岸沿いを散歩していると、一本のウィスキー瓶が
波打ち際に転がっているのに気がつきました。そしてその瓶の中に巻物が入っていたので
それを何気なく開けてみると、中からタイプライターで打った手紙が入っていました。
それはワシントン州のタコマ市のジョージ・フィリップ牧師が4年半ほど前に35本
太平洋に投げた瓶の一本だったのです
そしてその瓶を拾った人は是非連絡をください…というような内容が書いてあった
そうです。
当時たまたま、鹿児島に来ていた宣教師のバージル・シュミット氏(彼もワシントン州
タコマ市出身。父が瓶を拾った時にはすでに京都に引っ越してしまっていた。)
に英語を教えていただいていたので、どうにか自力でジョージ・フィリップス牧師に
シュミット氏がタコマ市出身で自分の英語の先生であったことなども手紙に
書いて送ったら、フィリップス牧師から来た返事では、フィリップス牧師は
シュミット氏を知っているので、早速この奇跡をシュミット氏の母親に連絡する、というような
内容の手紙が届いたそうです。
その後父は高校を卒業してアメリカに渡ってくることになりました。
1954年2月11日、彼は舟で8日間かけてハワイへ渡り、ハワイのカレッジに入学。
ところが、地元の人たちが本土で勉強をするほうが良いと薦めたので、父は
ロサンゼルスにきました。
そしてここロサンゼルスで何年か神学を学んでいたところ、タコマ市の新聞記者
が是非父をジョージ・フィリップス牧師に会わせたい…と言う話を持ち出してくださり、
ホテル代、航空機代などを負担してくださり、とある日曜日にタコマ市のシティ チャーチ
で説教を語り終えたジョージ・フィリップス牧師に新聞記者の方たちが「今日は
フィリップス牧師にサプライズ プレゼントがある!」と言って父を壇上に
あげてくださり、またシュミット氏をも招待してくれていて3人で教会の壇上で固い
握手を交わしたそうなのです。
こんな流れで父はアメリカに数年住んでいたのですが、そこで和歌山県から留学に来ていた
母と出会い結婚。
しかし私は残念ながらこのロスで生まれたのではありません。
(アメリカで生まれていたら、マリリンはもっと英語がペラペ~ラ話せて、人生も
きっともっと違っていただろう~に~ 涙)
父母はその後日本に帰国しました。
そして父の弟(叔父さん)は父がロサンゼルスに住んでいた時に呼ばれてその時から
住んでおります。
なので叔父は先日行った飲茶の場所から近いところに住んでいるのです。
私と主人は私が台湾に以前9年ほど住んでいた時に同じ仕事場で出会ったのですが、
彼の家族がロサンゼルスに在住していた為、私もロサンゼルスに引っ越して来る
ことになったのです。
なっ、何という縁でしょうか!!
かつて父は命を狙われた敵国アメリカに神学を勉強しに来るとは、夢にも思っていなかった
ようですし、私も台湾の主人と結婚していながらロサンゼルスに住むようになるなんて
思っても見なかったです。
戦争はするべきではない。
人間は皆繋がっているのだ。
皆個人個人から平和を始めれば、必ずそれは世界に広がる。
私達一人一人が意識を変えれば、全体の意識も変わっていく。
世界の意識を変えるには個人が変わらねばならない。
全体は個人から成り立ち、個人は全体から成りたっている。
一人一人の力が全体の意識に対する確かな影響力をもっている。
平和は自分から始まるのです。
愛と平和 マリリン
平和な時代に生まれて良かった…と単純に思っていました。
私の父は、彼が小さな頃第二次世界大戦に遭い、鹿児島の田舎の田んぼでアメリカ兵の
操縦するB29の戦闘機一機に追いかけられ、父と父の弟(叔父さん)目がけて機関銃を
打たれた話をしてくれました。
父は彼ら目がけてすれすれまで飛んできた戦闘機の操縦士のニコッと笑った顔まで
見えたらしいのです。
きっと相手が子供たちなので操縦士も本当に撃ち殺そうとは思わなかったのでしょう。
単に脅しで機関銃を撃ってみたのだと思いますが、子供の父や叔父にしては命がけで
田んぼのあぜ道を逃げ回ったそうです。
もしそこで父が殺されていれば、今の私は存在しなかったわけですから、神様に感謝です。
でもそんな父がアメリカで勉学をすることになったきっかけがありました。
1951年高校生だった父が鹿児島の海岸沿いを散歩していると、一本のウィスキー瓶が
波打ち際に転がっているのに気がつきました。そしてその瓶の中に巻物が入っていたので
それを何気なく開けてみると、中からタイプライターで打った手紙が入っていました。
それはワシントン州のタコマ市のジョージ・フィリップ牧師が4年半ほど前に35本
太平洋に投げた瓶の一本だったのです
そしてその瓶を拾った人は是非連絡をください…というような内容が書いてあった
そうです。
当時たまたま、鹿児島に来ていた宣教師のバージル・シュミット氏(彼もワシントン州
タコマ市出身。父が瓶を拾った時にはすでに京都に引っ越してしまっていた。)
に英語を教えていただいていたので、どうにか自力でジョージ・フィリップス牧師に
シュミット氏がタコマ市出身で自分の英語の先生であったことなども手紙に
書いて送ったら、フィリップス牧師から来た返事では、フィリップス牧師は
シュミット氏を知っているので、早速この奇跡をシュミット氏の母親に連絡する、というような
内容の手紙が届いたそうです。
その後父は高校を卒業してアメリカに渡ってくることになりました。
1954年2月11日、彼は舟で8日間かけてハワイへ渡り、ハワイのカレッジに入学。
ところが、地元の人たちが本土で勉強をするほうが良いと薦めたので、父は
ロサンゼルスにきました。
そしてここロサンゼルスで何年か神学を学んでいたところ、タコマ市の新聞記者
が是非父をジョージ・フィリップス牧師に会わせたい…と言う話を持ち出してくださり、
ホテル代、航空機代などを負担してくださり、とある日曜日にタコマ市のシティ チャーチ
で説教を語り終えたジョージ・フィリップス牧師に新聞記者の方たちが「今日は
フィリップス牧師にサプライズ プレゼントがある!」と言って父を壇上に
あげてくださり、またシュミット氏をも招待してくれていて3人で教会の壇上で固い
握手を交わしたそうなのです。
こんな流れで父はアメリカに数年住んでいたのですが、そこで和歌山県から留学に来ていた
母と出会い結婚。
しかし私は残念ながらこのロスで生まれたのではありません。
(アメリカで生まれていたら、マリリンはもっと英語がペラペ~ラ話せて、人生も
きっともっと違っていただろう~に~ 涙)
父母はその後日本に帰国しました。
そして父の弟(叔父さん)は父がロサンゼルスに住んでいた時に呼ばれてその時から
住んでおります。
なので叔父は先日行った飲茶の場所から近いところに住んでいるのです。
私と主人は私が台湾に以前9年ほど住んでいた時に同じ仕事場で出会ったのですが、
彼の家族がロサンゼルスに在住していた為、私もロサンゼルスに引っ越して来る
ことになったのです。
なっ、何という縁でしょうか!!
かつて父は命を狙われた敵国アメリカに神学を勉強しに来るとは、夢にも思っていなかった
ようですし、私も台湾の主人と結婚していながらロサンゼルスに住むようになるなんて
思っても見なかったです。
戦争はするべきではない。
人間は皆繋がっているのだ。
皆個人個人から平和を始めれば、必ずそれは世界に広がる。
私達一人一人が意識を変えれば、全体の意識も変わっていく。
世界の意識を変えるには個人が変わらねばならない。
全体は個人から成り立ち、個人は全体から成りたっている。
一人一人の力が全体の意識に対する確かな影響力をもっている。
平和は自分から始まるのです。
愛と平和 マリリン
2010-02-16 10:37
nice!(19)
コメント(10)
お父様、瓶の中の手紙を見つけるなんてドラマのようですね!
お父様といい叔父様といい、マリリンさんといい、皆さんドラマチックなストーリーがありますね。
そして皆さんロサンゼルスと縁があるんですね。
1人1人の意識から平和がつながる。
1人、1人、1日、1日。
私も今日を大切に生きていきます!!
by azukichan (2010-02-16 10:59)
世界は1つの共同体。
早く戦争が終わって欲しいです。
テロリストなどのことを心配しないで飛行機に
乗れる時が来て欲しいです~!
by marilyn (2010-02-16 11:06)
縁で言い尽くせないほど、なんだかいろいろ繋がっていますね~。面白いです。個人の幸せのカタチもいろいろですが、
「武力で争う」ことだけは無くなってほしいと切に望みます。
by しばはな (2010-02-16 11:11)
しばはなさん
本当にそうですよね!武力で命を失うなんて
自分が兵士達の親だったら…と考えると
やるせない気持ちになります。
by marilyn (2010-02-16 11:19)
壮大なドラマですね。
家族揃って縁がある国だったのですね。
by A・ラファエル (2010-02-16 16:25)
縁は異なもの味なものだね~w
そう言えば、今日私のところに来たお客さんの中に、
LA生まれの人と、LAに留学していた人がいました。
私に来るお客さんは、海外や外国人と縁のある人が多いんだよね。
これも縁だな~と思います。
by ruriy (2010-02-16 23:33)
凄い縁ですね。
携帯で読んでいて感動しました。
と同時に、人の縁ってどこにあるかわからないとつくづく思いました。
by tsworking (2010-02-17 00:23)
ラファエルさん
縁て本当に不思議ですね。
でもきっと神様は全てお見通しでいらしたのでしょう。
ruriyさん
きっとruriyさんにしかヘルプができないお客様たちが
ruriyさんのところにいらっしゃるのでしょうね。
tsさん
物語みたいだけど、本当の話なのです。
でも考えてみると本当にスモール ワールド
ですよね!!
by marilyn (2010-02-17 02:55)
すごいめぐり合わせですね!
皆さんの素敵な思いが渦巻いて
素敵な出会いがたくさんあったのですね(^^)
ホント個人の意識はすべてに影響していて
大きなパワーになりますね(^^)
by いとお (2010-02-17 10:32)
いとおさん
いとおさんもpianoさんとのご縁をいつまでも
大切になさって下さいね。
by marilyn (2010-02-17 13:35)